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大阪高等裁判所 昭和40年(ネ)1875号 判決

被控訴人 大和信用金庫

理由

第一、控訴人の本位的請求について。

控訴人は、本件預金契約の成立を主張し、被控訴人はこれを争うので、先ず、この点について考える。

《証拠》を総合すると、

一、被控訴人榛原支店の支店長であつた訴外奥本一夫は、昭和三七年一一月二〇日から同年一二月七日までの間に、本件預金証書を含めて計九通の預金額合計金三、〇〇〇万円の定期預金証書を、同支店(支店長)名義で発行し、これらを訴外梅本昌男に交付したこと。

二、訴外奥本が右計九通の定期預金証書を発行し、これらを訴外梅本に交付した事情は大要次のとおりである。

すなわち、

(1)  昭和三七年九月下旬ごろ榛原支店では、訴外生島正敏に対する巨額(同月二八日現在で金四、五〇〇万円以上)の貸付債権が焦げつき、その回収に苦慮していた折柄、訴外梅本から同支店に対し、その回収ないし整理に協力する旨申出があり(梅本の右申出に至るまでの経緯、その後、右協力としてなしたところなどからすると、同人に真実協力の意思があつたかどうかは疑わしく、むしろ、その真意は、右回収ないし整理に対する協力に藉口して、被控訴人に恩を売り、将来の融資の便宜をうるなどもつぱら自己の利益をはかるにあつたと見られるが、その点は本件争点と直接関係がないからこれ以上ふれない)、訴外奥本においては、支店長としての責任問題でもあり、そのような債権の焦付状態を本店に知られたくなく、かつこれを本店に知られないまま、なんとか回収をはかりたいと考えていたので、渡りに舟とばかりに、訴外梅本の右申出に応じたこと。

(2)  かくてその後、(イ)右奥本、梅本間で種々接衝があり、かつ、若干債権回収の措置も執られ、(ロ)同年一一月初旬ごろ、奥本がその一環として、「榛原支店で資金一、〇〇〇万円ないし、三、〇〇〇万円位を調達(預金を集めることにより)し、これを梅本に利用させ、該利用によつて生ずる利潤の一部を同支店が吸い上げ、この吸い上げで訴外生島の債務を整理する」との方策を打ち出し、これに対する梅本の同意もあつたが、同支店が現実に調達することができた資金が約金三〇〇万円位にしか過ぎなかつたため、右方策は結局実現の運びにいたらなかつたこと。

(3)  そして、同年一一月二〇日ごろ、梅本から奥本に対し、右(2)(ロ)の方策にかえ、「榛原支店名義で当該定期預金の預入れのない(したがつて、当該預金契約の存しない)定期預金証書を発行し、梅本が第三者にこれを担保に供して金借し、その借受金員を運用して得られる利潤の一部を訴外生島の同支店に対する債務の弁済に充てる」ことを提案したところ、奥本においても、この提案に同意したこと。

もつとも、右支店として、定期預金証書について用紙の定数があり、全然架空の定期預金契約をそのまま定期預金証書に表示することは帳簿その他の書類の処理上困難であるという制約があつたので、奥本と梅本との間で、梅本において定期預金として若干の金員を出捐して榛原支店に預け入れ(ちなみにこれによつて、同支店で真実に定期預金契約を結び、かつ内部的に正規の事務処理をすることが可能となる)、奥本においては、右金員に水増しした預金額の定期預金証書を発行する(この場合、同支店における右真実の定期預金契約についての正規の内部処理とは別に、しかも同契約と取引番号を一致せしめることにより、同支店の定期預金用紙を使用すれば、外部に対し、右水増しにかかる預金額の定期預金契約を当該預金証書によつて表示することが可能となる)こととされ、また、その定期預金証書表示の架空の預金契約の満期が到来したときは梅本において、当該金員を返済することにより手当することとされた。なお、その際、さし当つて、奥本発行の右水増預金額による定期預金証書は何通かで計金三、〇〇〇万円位の預金額となるように発行し、梅本のこれが利用による他からの借受金員運用によつて得られる収益中榛原支店に対する還元額は月に約金七五万円位とすることにされたこと。

(4)  右(3)の奥本、梅本両者の話合いにもとづき、奥本が作製のうえ(ただし、その作成につき右支店店員を使用したりした)梅本に交付したのが、前記九通の定期預金証書であり、なお、奥本は、右証書の交付につき、梅本がこれを第三者に担保として提供して金借する必要上榛原支店(支店長)名義で、右証書表示の預金債権の譲渡に対する承諾書を作成して、これを同人に交付したこと。

三、ところで

(一)  甲第一号証の一の本件預金証書は次のとおりの内容のものである。すなわち、右二、(3)記載の訴外奥本と訴外梅本との話合があつたところから、梅本において昭和三七年一一月二二日倉本卓治名義をもつて榛原支店に金五万円を普通定期預金として預け入れ、奥本においては、一方では同支店が正規に預金者名義人倉本卓治と預金額五万円の普通定期預金契約を結んだものとし、かつ、その旨帳簿上で取引番号九三七号を以て処理しながら、同時に他方では、同支店次長広森瑛を介し同支店店員福田金次郎に命じて、右取引番号を利用して、無記名定期預金、預金額三〇〇万円の定期預金証書を同支店の定期預金証書用紙によつて作成せしめた。そして、その定期預金証書が甲第一号証の一の本件預金証書であること。

(二)  そして更に、

(1) 榛原支店が本件預金証書記載の無記名定期預金三〇〇万円の預入れをうけたことは、もちろんない。すなわち、梅本の倉本名義による前記金五万円の預入れは普通定期預金契約における預入れであり、たまたま、右普通預金契約と本件預金証書表示の無記名定期預金契約―本件預金契約―の取引番号が、同支店で同一番号とされたからといつて、該金員が右無記名定期預金契約の預金として預け入れられたものとはなしがたいし、かつまた、該預金として預け入れうべきものでもないこと。

(2) また、同証書には、無記名定期預金者を示す並木なる印章が押捺せられているが、(イ)福田金次郎の同証書作成当時にはいまだ該印章の押捺はなく、その当時、それまでには同支店に右印章の印鑑届はなされていなかつたし、また、その作成に際し同印章の印鑑届が同支店に提出せられたこともなかったこと。(ロ)右福田は、奥本の指示があつたため、従来同支店が定期預金証書作成の場合におこなつていた預金者から定期預金申込書を徴するという取扱をなさず、かつ、預金者につき印鑑届がなされているか否か、その際預金者から印鑑届が提出せられたか否かにかかわりなく、同証書を作成したものであること。(ハ)本件印章は右福田が本件預金証書を作成した後に訴外梅本の意思にもとづいて同証書に押捺せられ、(ただし、何時いかなる機会に押捺したものかは明らかでない。)奥本においては、そのことを知り、また、並木なる姓が訴外梅本の別名であることを知つていたと考えられるけれども、右福田は―もちろん時間的前後の関係から当然のことながら―本件預金証書作成当時右捺印の事情は知りうべきところでなかつたし、また仮りに、奥本の並木なる姓についての認識が福田の右証書作成以前のことに属するにしても、奥本がその情を知らせてなかつたので、福田は同証書作成当時そのことを知らなかつたこと。(ニ)なお、右福田の右証書作成当時、前記倉本卓治は実在の人物で、同人名義は梅本の榛原支店との取引名義として使用せられていたが、並木なる人物が梅本と別の実在人か否かは福田には明らかでなく、かつ、それまで、並木名義をもつてする梅本の取引は同支店ではなされていなかつたこと。

(三)  つまるところ、訴外奥本は、前記二、(3)の奥本と梅本との話合にもとづき、梅本から榛原支店に対し倉本卓治名義をもつて金五万円の前記普通定期預金の預入れがあり、これにより、梅本と同支店との間に預金額金五万円の普通定期預金契約が成立したのにかこつけ、梅本よりなんら出捐なく、その預入れがないことを知っていたにかかわらず、同人から並木名義をもつて、無記名定期預金三〇〇万円の預入れがあつたものとして、情を知らない同支店店員福田金次郎をして甲第一号証の一の預金額三〇〇万円の無記名定期預金契約(本件預金契約)の存在を表示する本件預金証書を作成せしめ、またそれが架空の預金債権であることを知悉しながら、本件預金契約上の預金債権を同契約上の債権者が他に譲渡するのを同支店において承諾する旨を記載した甲第二号証の本件承諾書を作成し、これらを梅本に交付した次第であり、本件預金証書表示の本件預金契約の具体的な内容は右預金額の点を含め、(もつとも前記二、(3)記載のとおり、訴外梅本との間で昭和三七年一一月二〇日ごろ、さし当つて計金三、〇〇〇万円位の預金額の何通かの定期預金証書を発行することにするとの話合がなされたが、個々の定期預金証書の記載内容まで、その際きめられていたわけではない。)、奥田がひとりでこれを決定し、その記載方を福田に指示したものであること。

このような各事実を認定することができ、《証拠》のうち右認定に抵触する部分はいずれも措信しがたく、ほかに、これをくつがえすに足りる証拠はない。

右認定の各事実からすると、倉本卓治名義をもつてする訴外梅本の金五万円の預入れによる普通預金契約と、本件預金証書表示の本件預金契約とは別個のものであり、本件預金証書の預金者が何人として特定せられるか否かの点を問題とするまでもなく、訴外梅本と被控訴人榛原支店との間に本件預金契約が結ばれたことはない。そして、本件預金契約は架空のもので、訴外奥本が同支店の支店長の権限を濫用して作成した本件預金証書上に単なる記載として表示せられただけで、いまだかつて、訴外梅本と右支店との間に成立したことのないものといわなければならない。

してみると、控訴人の本位的請求は、その余の点につき判断をするまでもなく、失当であるとして排斥を免かれない。

第二、控訴人の予備的請求について、

次に、控訴人の予備的請求について考える。

一、被控訴人が預金業務およびこれに付随する業務を行なう法人であること、および、被控訴人が昭和三七年一一月二〇日ないし同三八年四月当時右事業のために、訴外奥本をその榛原支店支店長として使用していたことは、いずれも当事者間に争いがない。

二、そして、《証拠》ならびにさきに認定した各事実を総合すると、

(一)  訴外奥本は、榛原支店の訴外生島正敏に対する前認定の焦げつき債権の回収方法として、訴外梅本と「訴外奥本において同支店名義で架空の定期預金契約を表示した定期預金証書を発行し、梅本においてこれを第三者に担保に供して金借し、同人がその借受金員を運用して得られる利潤の一部を焦げつき債権の弁済に充当する」ことを相謀り、そのために、昭和三七年一一月二二日ごろ自己の保管にかかる同支店の用紙、印章および支店長印等を使用して、実際には、その契約が結ばれたことがなく、したがつて、存在しないものであつたにもかかわらず、控訴人主張のとおりの本件預金契約を表示する本件預金証書、右契約上の本件預金債権の譲渡を同支店として承諾する旨を記載した―これまた架空の―本件承諾書を(自らまたは同支店店員を使用して)作成して、これを梅本に交付したこと。

そして、訴外奥本は、本件預金証書および本件承諾書を訴外梅本に作成交付するに至るまでの経緯、事情からして、かつ、また、自己の支店長たる職責からして、これら書類を作成交付するにあたり、訴外梅本が、右各書類作成の経違を秘匿して同書類表示の本件預金債権を担保に第三者に金借を申し込み、情を知らない第三者が右各書類が正規有効のものであると信じて、梅本から本件預金債権を譲り受けるなどしてこれを有効な担保となしうるものと誤信し、梅本に対し、本件預金契約の預金額に見合う対価ないし財産上の利益を出捐してその申込に応じ、その結果本件預金契約の不存在を理由に被控訴人から本件預金の払戻しを拒否せられて、右出捐額相当の損害を被むるにいたるべきことを予見し、もしくは予見しうべきものであつたこと。

(二)  ところで、

(1) 控訴人は、昭和三八年四月一〇日ごろ、訴外梅本に金三〇〇万円を貸与し、その担保として、大阪市住吉区加賀屋町所在の土地、家屋の登記済証、訴外大成紙工株式会社振出、訴外木下俊文裏書の、満期昭和三八年五月二二日、金額三〇〇万円の約束手形(以下本件第一手形という)を徴した。

(2) しかるに、同年四月なかばごろ、訴外梅本から「本件預金証書および本件承諾書と右登記済証とを交換してほしく、同登記済証を用済後返還しないときは、右各書類によつて本件定期預金を取得されたい」との申入れがあり、控訴人はこれを承諾し、梅本から本件預金証書および本件承諾書の交付をうけ、かつ、右各書類により本件預金を控訴人において払戻しをうけるため、あわせて本件印章の交付をうけ、梅本に右登記済証を交付し、かくてここに、控訴人は、右(1)記載の貸金債権につき本件預金債権をその譲渡担保として取得した。

(3) そして、同年四月下旬ごろから五月二〇日ごろまでの間において控訴人と訴外梅本とは「梅本においては前記登記済証を控訴人に返還しない。控訴人においては梅本から交付をうけた前記預金証書等により本件預金を満期に引き出し梅本に対する貸金債権の弁済に充てる」ことを合意した。

(4) なお、右(1)(2)の控訴人と訴外梅本との折衝は、すべて控訴人と訴外梅本の使者ないし代理人たる訴外木下俊文との間においてなされ、控訴人は右木下の言により、また、本件預金証書および本件承諾書の外形上、右各書類が榛原支店長の適正に作成したもので、その表示する内容は真実かつ有効のものであると信じて疑わなかった。ことに控訴人は、訴外木下を介して、前記(2)記載のとおり、梅本から本件預金債権を譲りうけ、かつ、本件預金証書、承諾書および本件印章の交付をうけるにあたり、訴外奥本に問い合わせの電話をして、本件預金証書表示の預金契約の存否、本件承諾書の承諾の有無を確かめたところ、奥本が、本件預金契約ならびに本件承諾書記載の榛原支店の承諾が間違なく存在し、控訴人において右各書類をもつて本件預金債権の譲受人として満期に本件預金の払戻しを確実にうけられる旨を言明したので、右契約の存在および榛原支店の右承諾の存在が間違いのないものであることを信じて疑わなかつた。

こと。

(三)  そして、更に、訴外奥本についてみれば、奥本は本件預金証書および本件承諾書の作成交付にあたり、これにより第三者が損害を被むることを予見し、もしくは、予見しうべきものであつたこと前記(一)記載のとおりであり、(1)したがつて、奥本は右予見をしながら、しかも、前記(二)記載のとおり控訴人から本件預金証書および本件承諾書について、その記載内容の真否の問い合わせをうけた際、訴外梅本によつて右各書類が控訴人に交付され、梅本の本件―預金債権が実際には存在しないのに、これあるものとして控訴人から財産上の利益を取得せる―欺罔行為が行われ、これによつて控訴人が損害を被むるにいたるべきことを知つたにかかわらず、あえて本件預金証書および本件承諾書が有効真正のものである旨を控訴人に言明して、損害の結果が発生することを容認し、(2)仮りにそうでなく、訴外奥本が本件預金証書および本件承諾書の作成交付にあたり、これにより第三者が損害を被むること予見しうべきものにすぎなかつたとしても、奥本はその職責上適宜の措置を講ずるなどして第三者にそのような損害を与えるのを未然に防止すべき業務上の注意義務が存していたものであるところ、その義務をおこたり、漫然右各書類を作成交付したばかりか、右のとおり控訴人から右各書類の記載内容の真否の問い合わせを受けた際、これによつて、梅本の前記所為により控訴人に損害が生ずるにいたることを知つたか、もしくは知りうべかりしものであつたにかかわらず、あえて右各書類が有効真正なものである旨を控訴人に言明して、右損害の発生を容認し、もしくは、その職責上控訴人に損害の発生しないよう注意する義務が存したのに、これを怠り漫然右各書類が有効真正なものである旨を控訴人に言明したこと。

(四)  かくて、右各書類が有効真正のものと信じていた控訴人は、昭和三八年六月二八日訴外幸福相互銀行を通じて、右各書類および本件印章を呈示のうえ、被控訴人に対して本件定期預金の払戻しを請求したところ、被控訴人から本件預金証書が「事件に関連性あるもの」として、これを拒否せられたが、本件預金債権は、すでに認定したとおりほんらい不存在のものであつて、控訴人において本件預金の払戻しをうけられないものであつたこと。

(五)  ところで控訴人は、右払戻請求当時本件預金債権を訴外梅本に対する前記貸金三〇〇万円の債権の唯一の担保としていたものであつた。ちなみに、当時訴外梅本は無資力者であり、前記第一手形は不渡となり、同手形の書替手形である―満期同年六月二四日とするほかは、手形要件が右第一手形と同一(ただし受取人欄白地)の―約束手形(以下第二手形という)もまた不渡となり、右第一手形および第二手形を通じ、振出人はもちろんその裏書人である訴外木下もまた無資力者であつたこと。

したがつて、控訴人は本件預金証書および本件承諾書を有効真正なものと信じ、本件預金債権をもつて訴外梅本に対する前記金三〇〇万円の貸金債権の譲渡担保としたのにかかわらず、本件定期預金の払戻しをうけられず、該貸金債権を回収することができなくなり、そのため金三〇〇万円相当の損害を被むるにいたつたものであること。

このような各事実を認めることができ、さきに排斥した各証拠を措いてほかにこれをくつがえすに足りる証拠はない。

三、以上のような事実関係からすると、被控訴人の被用者たる訴外奥本の不法行為により、控訴人は金三〇〇万円相当の損害を被むつたものとなすを妨げない。そして、なるほど訴外奥本の本件預金証書および本件承諾書の作成交付は、その職務権限外のことに属するけれども外形上客観的には、被控訴人の事業の範囲内に属し、該事業の執行につきなされたものといわなければならない。もつとも、かかる場合でも、相手方(本件においては、控訴人)において訴外奥本の前記行為が、その職務権限内で適法に行なわれたものでないことを重大なる過失によつて知らなかつたときは、民法第七一五条による使用者責任を問いえないものであり、右にいわゆる重大なる過失とは、一般に要求される注意義務を著しく欠く場合と解すべきは論をまたない。ところで、本件においても、被控訴人は、本件預金債権については、本件預金証書上譲渡禁止の特約が明記されており、かつ、本件承諾書の作成日付は、本件預金証書作成日付以前であつて、控訴人はこれらの点につき疑念を持つことが容易であつたにかかわらず、これらの点を確かめる注意を欠いた過失があつたと主張するからこの点を検討するに、預金証書上譲渡禁止の特約が明記されていたからといつて、これとは別個に譲渡の特約のなされることは世上あり得ないことではなく、また、債権譲渡の承諾が事前になされたものであるからといつて、この一事から直ちに必ずしも債権譲渡の効力がないものと即断しがたい。のみならず本件では、前認定のとおり、控訴人は訴外梅本から本件預金証書および本件承諾書の交付をうけるにあたり、訴外奥本に対し右各書類の真否を照会し、奥本から右各書類が真正有効のものであること、右各書類を所持する控訴人が本件預金債権の譲受人として、本件定期預金の払戻しをうけられることの言明を得ているのであるから、被控訴人主張の右諸点についても、一般普通人としてなすべき注意を充分に払つたものというべきであり(それ以上の注意義務を要求することは一般普通人に期待しがたい困難を強いるものであり)、右にいわゆる重大なる過失があつたとなすに由ない。したがつて、被控訴人は前記法条にもとづく使用者責任を免れえないものというべく、被控訴人の右主張は採用しない。

みぎのほか、被控訴人は、訴外奥本の本件預金証書の発行が、支店長の権限外のものであり、このことは訴外梅本も熟知していたのであるから、梅本には被控訴人に対する損害賠償請求権の発生の余地なく、それ故、これが譲渡を受けた第三者たる被控訴人にも該請求権は存しないと主張するが、前認定の事実関係のもとにおいては、奥本に証書発行の権限がないことを梅本が熟知していたとしても、叙上論断に消長を来たすことはないから右主張の採用し得ないことは勿論である。

四、しかして、控訴人の本件昭和四一年八月一〇日付準備書面が同年八月一六日に被控訴人に送達せられたことは、本件当事者間に争なく、その翌日である同月一七日が前認定にかかる被控訴人の被用者たる訴外奥本の前記一連の不法行為の日より以後であることは暦数上明らかである。

してみると、控訴人の被控訴人に対し、右奥本の不法行為による損害賠償として、金三〇〇万円およびこれに対する昭和四一年八月一〇日付準備書面送達の翌日である同年八月一七日以降完済に至るまで、年五分の割合による遅延損害金の支払を求める予備的請求は、その理由がある。

第三結論

以上説示のとおりであるから、控訴人の本位的請求は失当として棄却すべきであるが、控訴人の予備的請求は正当であるからこれを認容することとし、これと結論を異にする原判決は結局取消を免れない。

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